2012/07/25

仙台で出会ったおばあちゃんに、もう一度会いに行ってきた(関西から東北への旅)

先日、東北の方に行ってきました☆

人生で2回目の東北。

4月に黒田っちと東北に行った際に、出会った方々にもう一度逢いに行くため、
友達の運転で、関西から岩手県まで行ってきました。(運転ありがとう!!笑)


第十八共徳丸・気仙沼

宮城県気仙沼市の”第十八共徳丸”(全長約60メートル、330トン)。




2012年4月11日


あの震災から1年と1ヶ月後の宮城県仙台市にある”東名”というバス停で、偶然出会ったおばあちゃん。


その時の話はこちら→東北で出会ったおばあちゃんの話


娘さんを津波で失い、生きる希望を失ったおばあちゃん。


住所だけを聞いて、別れたのに、
ずっと手紙さえ出せなかった。



何を書いたらいいかわからなくて、
途中まで書きかけた手紙を、ずっと棚に置いていた。





だから、今回、おばあちゃんに逢いに行きたくて、
住所だけを頼りに、おばあちゃんのお家に向かった。




出かけてて、出会えないかもしれない。
引っ越しているかもしれない。
私のことを忘れているかもしれない。


そんな不安を抱えたまま、行ってきた。







住所の場所には、小さなアパートがあり、
部屋のドアは、大きく開かれていた。



ピンポンを押すと、中から出て来たのは、一人のおばあちゃん。



見覚えのある顔。




東名のバス停で出会ったおばあちゃんでした。







おばあちゃんは、私のことを覚えててくれて、
先日も、丁度あなたの話をしてたのよー
と、優しく話してくれた。




震災から1年半。


東名の町は、破壊されたまま。
駅なんて、無惨に電柱が折れている。
沢山の命が奪われ、そのショックから立ち直っていない人は大勢いる。





ブルーシートに包まれた沢山の遺体の中から、おばあちゃんの娘さんを捜し出したのは、
その息子さんだった。










東北で出会う人はみな、町は片付いてきた、と言う。

それは、半年前に訪れた私でも感じられる。






おばあちゃんは言う。


『1年半もたったなんて嘘みたいでねー。
 今でも、娘が生きてそうで、番号にかけたくなるのよ。』



『震災後は鬱になって、何も出来なかったけど、
 今では、やっとご飯を作ろうって思えるようになってきてねー。』







東北を訪れると、

今でも涙を涙を流す人がいて、
減らない瓦礫の山を片付けるトラックがいて、
何もない平野が広がる。




だけど、今回訪れて感じたこと。




それは、”被災地の希望”も存在するということ。





私が”希望”なんて、軽々しく言うべきではないかもしれない。



だけど、

おばあちゃんが、少しずつ元気になっていく姿をみて、
荒れた土地に、増えた緑を見て、
片付けられた瓦礫を見て、
今は破壊されてるけど、良い所も東北にはいっぱいあるよ、というおじちゃんに出会って、



いっぱい元気をもらえました。






4月11日に、何もないバス停で出会ったおばあちゃん。


何の運命かだなんてわからないけど、

少しずつでも、元気になったおばあちゃんの姿を見れて、本当に嬉しかった。






最後に4人で撮った写真。

恥ずかしいと言いつつも、両手でピースをしてくれた。





その時のおばあちゃんの笑顔は、

本当に本当に、とっても素敵でした。



東北・仙台

半年前は、荒野だった東名のバス停の近く。
この近くで、おばあちゃんと出会いました。
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